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- 2026/01/22(木) 05:28:58|
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*ブレイク×シャロン
*ブレイク失明後
『成長』する糸
『侵食』する糸
『纏綿』する糸
知らぬ間に二人の首を締め付ける。
【唐草模様】
初夏の夕暮れ。
穏やかな風に凪いだ草木が一様に朱色に染まる。世界が黒に染まる前の、静かで何処か憂いを帯びたひと時だ。
「ブレイク!」
軽やかで、でも品のあるソプラノが耳を透る。声の先を振り返ると向かい風に髪を煽られた。
「どうかしましたかお嬢様」
「あちらに咲いた花がとても綺麗なのです」
駆け寄る少女の足は軽快だ。何の花かは分からなかったが、昨年から余程楽しみにしていたのか。今にも袖を引いて連れて行きたそうな高揚が窺えた。しっとりとした空気に夏の訪れを感じながら彼女の後を歩く。ぼやけた景色ながら、幸いにも視覚には情報が流れて来ていた。春の草花が身を顰め始め青々とした景色が増えたと思う。自分の足に踏みつけられた芝も、くしゃりという音が何処か水水しい。
「…何処まで行くんデス」
「もう少し、庭ではなく外の…空き地なのです」
あと少しがどの辺まで信用できるか危うい気がした。だがそれでもいいかと思い、引き続き後を歩く。暫く歩く内ひとつの問が脳裏に湧いて出た。
「訊いてもいいですか、お嬢様」
「何ですの?」
いそいそと歩く後ろ姿は止まらないが、構わずその背に問いかけた。
「愛する人が見えなくなってしまったら、貴女はどうしますか?」
一瞬の小さな振動をもって彼女の足は止まった。
「…どういう意味です?」
「もし不意に自分の視力を失い、愛する人が見えなくなったら何を思います?」
返事は直ぐには来なかった。背を向けたままの少女からその葛藤が窺える。
「…質問を変えましょうか」
正直自分にも答え難い問いだった。だからその質問を、自分の我儘へと訂正した。
「愛する人が自分を見れなくなってしまったら、貴女はどうしますか?」
彼女は振り返った。その顔が哀しげな気がしたのは、空気が冷えて来たからだろうか。或いは自分の顔こそが悲痛なもので彼女に映してしまっているのかもしれない。
「何故そんな事を?」
「特には…まぁ、オトメゴコロの研究とでも言っておきましょうか」
「…誰かに告白でもする気ですの?」
「さて」
誤魔化して返した事を彼女は咎めなかった。ただ一つため息をつき、まぁどうせ振られるでしょうしとさり気無く酷い事を呟いて再び思考を巡らす作業に戻った。
「もしそうなったら…悲しくて、…潰れてしまいそうでしょうね」
「……」
「…でも、多分大丈夫ですわ」
張りのある声に、何故と問いかける。
「その愛する人は「そこ」に居るのでしょう。ならばその温もりと、見えていた頃の記憶こそ重要なのではなくて?」
解りそうでわからない答えの理解に、しばし時間を要した。
「目に見えているのはあくまでイメージです。最重要事項ではありませんわ」
恐らくその言葉に確固たる根拠は無いのだろう。
「うーん違うわね…過去の思い出もいいけれど、その先もまた同じように記憶を作っていけばいいのだわ」
だが何処か誇らしげなその声に妙に納得する他なかった。
(ほんっとに、敵いませんね)
再び歩き出した彼女を追って歩き出す。しかしその直後、その背から静かな声が聞こえてきた。
「ただ、」
「ただ?」
「同じ景色を見れないというのは、やはり辛いのでしょうね」
―きっと彼女は、この目を受け入れてくれるだろう。
しかし未だ自分の心を定められぬようでは、現実に耐える彼女の姿に自分が耐えられないのではないかと思った。徐々に黒くなりつつある夕空に、よりその思いは現実味を帯びてゆく。
「着きましたわよ、ブレイク」
その足が駆けよる先は、僅かな木々があるだけの空き地だ。だがその隅。雑草に姿を隠された先にあるのは朱い花だった。
「ほら、もう百合が咲いているのですよ」
「…オヤ」
とすると、本来は白いのだろうか(種類によるだろうが)。日の沈む寸前といった時刻にその色はすっかり朱色に染まっていた。この花について語る少女は実に嬉しそうである。
「ね、綺麗でしょう?」
その言葉は本来の姿を指すのか、それとも今の「嘘」の姿を含めてか。此方を向くおぼろげな彼女の背に自分の上着を掛けてやりながら思う。きっと貴女はとても愛らしい表情で笑っているのだろうと。だから私もこう言って、笑うのです。
「ええ、とても」
【アラベスク】
*シャロン×ブレイク
伝えたい事がありました。
聞いて欲しい事がありました。
でもそれは、何より困難な事でした。
【その背に手を】
何時もの様にふらりと出掛けふらりと帰って来たその男は床に叩き落とされた。この結果をある程度予測しつつも繰り返すのだから手に負えない。つまりは常習犯という事だ。
「今度はどちらへ?」
「いえ、…あの」
見下ろす可憐な少女は今や般若の形相だ。一般的且つ庶民的な紙で憐れなハエの如く床に叩きのめされた彼は言葉を濁す。その態度にもどかしさを感じながらも、少女は深いため息をつき凶器を鞘に納めた。
「…事情が有るのは察しますが、無理をしないでください」
「スミマセンデシタ…」
ドレスの裾が床に付くのも厭わずに彼女はしゃがみ、頭を垂れる男の髪に触れた。
「シャロン…?」
「…何でもありませんわ」
指から白い髪が滑り落ちると、彼女はすっくと立ち上がり背を向けて歩き出す。ずんずんと遠ざかるその背を暫し見つめ、はっとしたように男は少女を追いかけた。長い廊下を闊歩する男女の空気は決して穏やかなものではない。
「何故付いてくるのですか?ブレイク」
「いやぁ、その…本当にすみませんデシタ」
「…言うからには今後、必ず、改めるのですよね?」
釘を刺すように言い返せば案の定ブレイクの顔は硬直した様に引きつった。それを全く予想をしていなかった訳ではないがやはり少なからず哀しくなる。歩む足を止め、シャロンはブレイクに向き合った。ゆっくりと合わせた視線に彼が若干の緊張を帯びるのが見て取れた。
「私は、貴方にもっと自分を大事にして欲しいだけなのですよ」
それだけが願いだと言う様に彼女の俯いた表情は感情を押し込めていた。
「私も…貴女が大事です」
「分かっています。でも貴方は本当に」
長い間蓋を閉めていた言葉が今にも溢れ出してしまいそうだった。しかし寸での所でそれは食い止められる。自分のよりも遥かに大きく優しい手が頭にぽすんと乗せられていた。柔らかい感触を楽しむ様に優しく髪を撫でたその手は少女の身体を引き寄せる。
「ぶ、ブレイク」
「申し訳ありませんが、今後も心配をかけないと言う事は約束できません」
直ぐ耳元での断言にシャロンは身を固くした。一瞬熱くなった体温が音を立てて急速に冷えて行くような気さえした。それでも本当は分かっているのだ。それが絶対的に無理だと言う事を。自分の願いが彼の願いを叶える為の妨げになる事を。
「確かだと言える事がこんな事で申し訳ないですが…」
「いえ、いいのです」
苦く笑うブレイクの顔を見上げ、シャロンは首を振った。叶わぬ願いなら自分が考え方を変えればいい。いかに自分が彼の負担にならず、いかに彼の支えとなれるかと。
「レインズワースは私の大切なホームです」
「えぇ、勿論です」
嬉しくてのに何故だか切なくて、目の前の胸に顔を隠した。見られて不味い顔をする訳でもないのだが何故だか隠さずに居られない。頼った腕の中は酷く温かかった。この体温が何より大切なモノだった。
「君は、私の大切な家族です」
「えぇ、…えぇ当然ですわ」
家族と形容された時点で分かっている事なのに何故だか胸が重い。
(そうじゃない、本当はそうでは無くて―)
言葉にして突きつけられた事で自分の想いとの相違を実感してしまった。言われた形がこれ程近い存在でありながら目の前に居る彼との距離は遠い。
「ではそろそろ、行きましょうか」
「そ、そうですわ。私もおばあ様の所へ行かないと…」
「女侯爵…そう言えば以前妹離れできぬ兄のようだと言われましたネー」
「あら、でしたらとっとと妹離れして下さいな『ザクス兄さん』」
何時までも離れられずにいた身体を押して笑顔を見せる。
「では今後、大切な家族の為に…何があっても命だけは持ち帰って下さい」
「約束しましょう」
その場を別れて歩き出した時、彼女の顔はほんの一触れで涙を零しそうだった。
(分かってるのに、どうして)
只一方で、背を向け合った男が同様に表情を歪めていた事を彼女は知らない。
【その背に手を】
どうしたら、この手が届く?