私の最も幸福な死に方はね。
誰にも看取られず、ただ大切な一人を想って死ぬことなんですよ。
6「Epilogue 」
再会の翌日。
レイムが目を覚ますと皺の目立つ真白いシーツが目に入った。
ここは何処か、何故ここにいるのか、昨晩何があったのかをゆっくりと思い出し居るべき人物を探した。窓の外は細かい雪が舞っている。
「…ザクス?」
万全ではない体で何処へ行ってしまったのか。
一見して姿の見えない部屋を出て、通りがかった看護婦に尋ねる。すると彼女は顔を青くして他のスタッフのもとへと姿を消してしまった。自分が思うより彼の状態は良くないのだろうか。途端に焦りだす鼓動を抑えて、院内を巡った。中庭を探し、食堂・休憩所・受付などを探して辿り着いたのは屋上だった。
「…っ寒いな」
屋上は洗濯物用の物干し竿が幾つも並んでいた。
まだ早朝なので何も干されていない。頬に打ちつける冷たい風は微かな痛みさえ伴った。手すりの向こうには自分たちの住む街が見える。ここにも居ないか、そう思って引き返そうとした時、一角のベンチに座る人物を見つけた。風に揺れる長めの白髪は間違いなく「彼」だ。やれやれと腕を組みながら声をかける。
「おい、朝っぱらから何をしてるんだ」
「……」
寝ているのだろうか。しかしこんな寒い所で?
吐き出す息は白く、何時までも居るのは辛いので返事をしない彼の前へと回った。見るとそれはやはり彼で穏やかに目を閉じていた。
「ザクス。早く戻らないとスタッフの人たちが慌てて、」
ふと感じた違和感。それは彼の体が微動だにしないことよりも、その口から自分のような白い息が出ていないことだった。
「…おい!」
血の気が引いていく。咄嗟に動いた手が彼の頬に触れ、腕を掴み体温を探す。元々色の白かった肌はより白く、人の温もりは無きに等しい。反動でぐらりと傾いた体はゆっくりとベンチに横たわった。
途端、糸が切れたように脳内が冷静さを取り戻す。
頬に触れた手はそのまま首筋へ流れ、脈が無いことを確認した。
穏やかに綺麗で、眠っているようなその顔を前に、レイムはただ呆然と俯いた。
「逝ったのか…?ザクス」
声が震え、頬を涙が伝っていく。寒いせいだけではないだろう。酷く熱い。
今、彼に手向けるべきは怒った顔ではない。ゆっくりと微笑んで震える指先で彼の前髪をかきあげた。それから冷たくなり、硬直の始まりかけた身体を抱きしめる。僅かに残る肌の柔らかさに触れると、出会ってから昨晩までの彼との記憶が洪水のように押し寄せた。肉体は確かにここに在るのに彼の意思や感情は既に無く、途方もない喪失感にただただその身体を抱く腕に力を込めた。目の奥がチリチリと焼け付くようで、喉が痛んだ。
「ありがとう…」
精一杯の言葉を搾り出し、目の前にある、冷え切ってなお薄く色を宿した唇に自らのそれを深く重ねた。
ザクスが死んだ。
あの後、レイムは彼を抱き上げ医師の元へと歩いた。感情を失くしたかのような表情で現れたレイムを前に、赤毛の医師は驚き、黙って目を閉じた。それから先はいまいち記憶が薄い。一日は安置室で彼と一緒に過ごしたと思う。その後は、やはり思い出せない。
レイムの足は彼の荷物が置かれたままの病室へ向った。人気が無く冷え切った白い部屋には花瓶がひとつ。色鮮やかな花が置かれていた。窓の外は白く、時間の感覚が曖昧だ。ベッドは綺麗なシーツに変えられており、荷物も丁寧にまとめられていた。
「これは、」
ベッドのサイドテーブルには一つの携帯。開いてみると充電が切れてしまっている。自分の携帯を取り出すと、時間は午後の3時を示し、1件の新着メールを知らせていた。
「ザクス……?」
思わず携帯を落としそうになりながらメールを開く。
相変わらず単調で、しかし今までになく長い文章がレイムを迎えた。
文章は謝罪から始まった。
自らの口から言えぬことを許して欲しいと、これが最後になることを許して欲しいとあった。
受信時間は早朝4時。
『今、私は誰も居ない屋上にいます。視界が悪いと移動に苦労します。そして身体が凍りそうなほど寒い。しかし、この景色を今自分だけが見ているというのは最高に気分がいい。それに私は今、君との再会の後でが高揚しているから余計かもしれませんね。』
一人部屋を出たその時の話なのだろう。
隣で彼が話しているかのような錯覚を覚える。
『私は君とキャンパスで過ごすのを楽しみにしていました。勿論、卒業したあとの生活も。しかしどういう訳かそれは叶わないらしい。君からの告白は驚いたが、素直に嬉しく、自分自身も自覚することになった。同性なのに、分からないもんです』
外の雪は量を増して降り始めていた。
『貴方に触れた瞬間から、私はその指先から壊死していた』
突然の思わずぞくりとする文章。意地の悪い口元で、柔く微笑む彼の顔が浮かぶ。
その続きは大層タチが悪く、熱烈な告白へと続いた。
『さようならレイム。私は君を、愛していました』
最後まで読み終え、何も無い白い天井を仰ぎ見た。
小さな白い箱の中で、一人の人間が死を迎える。それはごく日常的で、たまたま身近な人間だったというだけの話だ。
「過去にはならない。愛していくさ。この病をこれからも、ずっと」
形見となった荷物をまとめ、レイムは空っぽになった箱の中を後にした。
『貴方に触れた瞬間から私はその指先から壊死していた』
『貴方はこれから、私という病に犯され生きていくのです』
箱の中の小さな死-了-
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- 2011/11/28(月) 00:05:49|
- レイブレ|
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