5「来年はきっと一緒だと」
久しぶりに手にした携帯。
数少ない通信相手から彼を探すのは非常に簡単だ。しかし眼鏡をかけてもよくは見えない目では難しい。ギリギリの距離で目を凝らして探した。
「080-0016-1850」
初めて会った時以来、始めて打つ番号。 いつもは空き時間が異なるのでメールで連絡を取り合っていた。最近は携帯を使ってもいい病院が増えてきたが、ここがそうかは確認していないので何となく布団を被った。コールの鳴り出した携帯を耳元に当て、彼が出るのを待つ。
『お、やっときたか』
「…どうも、遅くなりまして。それで、今何処に?」
『中庭だ』
「ここの?」
『そう』
「君は馬鹿ですか」
『目の前で読まれたら居たたまれないだろ』
全然格好が良い訳でもないのに、中途半端に格好をつけたがる。それをとんだロマンチストと感じた自分は相当格好悪い気がした。憎らしいのに嬉しい。新しい感情を発見した気分だった。
「言いたい事とは何ですか」
『あー…、それな』
「ちょっと」
『言う。言うから、待ってくれ』
言葉もブレるが、音もブレている。
うろうろしているのか、移動しているのか。兎に角言いたい事を早く言えと待ちわびる。一年も放置していた身で言えた事ではないが。
「まだです?」
『あ、言う。言うから。あのだな…えーと、俺は』
語尾に力がこもった気がした。瞬間、病室のドアが開いた。
「『ずっとお前が、好きだったんだ』」
「…は?」
突然現れた本人に驚き、意味を無くした携帯を落とす。告白後の第一声としては酷い反応だが驚かせた彼が悪い。ろくなリアクションが取れない。
「お前な…」
「君が悪い。急に消えたり現れたりと、」
「それはお前がだろう」
文句の言いようもない。
外が寒かったのか、それとも照れているのか顔が赤らんでいる。それで?とご褒美のお菓子を待つ犬のような顔で彼が此方を見ていた。ベッドを降りて、ふらりと彼に向かおうとした所でケホッと小さな咳が出る。
「あ…」
咄嗟に口を押さえ、まずい、と瞬間に思った。
口の中に嫌な鉄臭が広がる。
「おい…!」
指の隙間から一滴、血が流れて落ちた。
見せたくなかったなぁと苦笑しながら駆け寄ったレイムの胸にもたれ掛かった。
「…ザクス?ベッドへ行った方が」
「いいえ、ここが良いです」
しかしそういう訳にもいかないと、彼に支えられながら二人でベッドに座る。
彼が取り出したタオルで口元と手を拭いてくれた。私は何も出来ぬ子どものようになすがままだった。凭れ掛かったまま、手をとられ長い時間をただ黙って過ごす。唇が乾き始めた頃、私は漸く口を開いた。
「…君に会えてよかった」
黙って握っていた手に力が篭った。
『―この世でもっとも幸福な死に方とは何か』
「腹上死?」
「…バカ」
薄暗い部屋の中、ベッドの上で汗と唾液にまみれながら、他人事のように会話する。
「君の口から、よもやそんな言葉が出ようとは…」
「悪くはないだろう。最上の快楽の中でなんて」
「あの世までイってしまうって?どう、だか…」
彼はコートを脱いだだけで、自分は下肢に何も纏っていないが、上は着衣のままだ。身体が熱くて仕方がないから緩んでいたタイを抜き取り、汗で額に張り付く髪をかき上げた。
「そう言えば、イク瞬間に首を絞めるといいとか聞いたな」
「あぁ…言いますねそんな事」
目の前にある薄茶色の髪の下は昼の温和な顔はどこかへ出かけてしまったらしい。それとも追い出されたのか。歳相応の欲の滲んだ男の顔だ。首筋を撫でる大きな手に自らの手を重ねてた。
「は、…いい顔してることで」
「それはどうも。人は結局痛いのがいいのか」
「他人に触れるだけで苦しいのだから、好んで関わる人間は皆一様にMでしょう」
「…そうだな」
触れるだけで人は苦しみ悦ぶ。
それなら、好いた相手から与えられるものは極上の快楽に違いない。
手首の傷にキスを落としながら、レイムは衣服に差し入れた手で胸の飾りを弄んだ。
「手首、汚いですよ」
「…お前が此処まで生きてきた証拠だ。汚くはない」
「―盲目的なのは感心しませんね。死活問題です」
「人生の一部くらい良いんじゃないか」
唇が重なる。
ここの所嫌な感触しか感じていなかった口の中に、目の眩むような刺激が押し寄せた。覆い被さる彼の重みが心地よい。酸素を奪いつくした唇が離れ、二人の間を唾液が糸を繋いだ。
「随分と、背が伸びたんじゃないですか…?」
「180は超えたかな」
「………」
「ちょ、痛い、抓るなっ」
自分が超えれなかった壁をいとも簡単に超えて行ってしまったらしい。頬を抓ってその成長に異議申し立てた。痛いと言いながら笑う彼は私の頭を優しく抱く。眠ってしまいそうな温もりに包まれていると、身体の中心へ刺激が走った。
「ッ…ぁ」
レイムの手に緩く握られた性器が先走りを滴らせ、その指を汚していく。片腕に抱かれた中で息を詰めた。熱い手に抜かれながら羞恥と快楽の間で理性が揺れる。精液で濡れ始めた指が、更に下へと進んだ。
「あ、待っ…!」
指が体内へ侵入した。生々しい痛みに唇を噛んだ。辛いのを察した彼が額に、唇に優しくキスを落としていった。異物感の拭えない中で彼の労わるような手つきにもどかしさを覚えた。
「あ、の…もう」
「なに?」
「いえ…そ…の、」
「…すまん、分かってるから」
苦笑した彼が憎たらしい。どこまで憎たらしいんだこいつは、と心の中で文句を言った。
目の前にあった温もりは消え、彼が足元へと動いた。緊張で固くなった足を撫でるように手が滑り、両脚を開かせる。冷えた空気に触れて自身が固くなるのが分かった。
「息を吐いて、…唇噛むなよ」
「ぇ…あ、…ッ!」
感じたことのない質量での圧迫に悲鳴も引っ込んだ。乾いた空気のように掠れた声が出ただけだった。痛みに耐えかね掴まれた足を力いっぱい伸ばして発散させようともがく。シーツを握る手が白く染まった。
「ザクス」
過呼吸の時の要領で唇を塞がれた。自分の吐いた息を吸い、徐々に呼吸が安定してくる。
落ち着き始めたところでゆっくりと彼が動く。壊れてしまうのではと錯覚した痛みは身体を火照らす熱へと変わり、削られる理性で声が漏れるのを堪えた。
時折聞こえる湿った喘ぎはレイムを煽るのには十分で、挿入の度に粘着質な音も増していった。短い髪から滴る汗が組み敷く白い身体に落ちては消えていく。何もかもが張り詰めた状態で、限界は近かった。唇が、腕が、足が震えだす。
「ぁ…あ…っ、もう……あぁッ!」
「…っ」
快楽は白濁とした液体となって腹の中と外で弾けた。
真夜中の静けさの中で、場所にそぐわぬ熱い息継ぎだけが残る。ベッドのクッションへと身を沈め、大きな波の余韻に浸る。隣に倒れこんだレイムが濡れた髪をかき上げてくれた。
「髪、伸びたな」
「一年切って…いませんから」
「初めて会った時に戻ったかと思った」
あぁ、ここに来た時かと納得し頬が緩んだ。
「大学。合格したんですね」
「あぁ」
「おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう」
今更だが、嬉しい報告だ。そのままには出来ない。
「此処へは…あの医者が言いましたか?」
「あぁ…お前の知り合いが死に掛けだとか言って…」
「…左様で…」
言うなと言ったのに。とは言えこの結果だ。文句は言えない。
「明日の朝には、片付けねばいけませんね」
「ぶ、そうだな」
看護婦やら医者やら来るのにこの惨状をそのままには出来ない。明け方までにお互いの残滓を拭い、着衣を整えた。
「簡易ベッド、使いますか?」
「いや、私は椅子でいい」
自分がベッドに横になった傍らで彼は椅子に座り、手を握ってきた。
「おやすみ」
「えぇ、風邪をひかないで下さいよ」
柔和な笑みを浮かべ、彼は眠りについた。
寝息を確認した後、握られた手にそっとキスをして、ベッドを降りる。
「私も君が、好きですよ」
一度だけ振り返り、私は病室を出た。
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- 2011/11/22(火) 22:27:59|
- レイブレ|
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