*レイム×ブレイク
教会とは、愛を誓う場所である。
教会とは、死者に別れを告げる場所である。
教会とは、神に許しを乞う場所である。
『即ち教会とは、純心に祈る場所である』
ならば私は祈らねばなるまい。例えそれが屋根も落ちたような廃屋と化した教会であってもだ。祭壇の上に在るマリア像を見上げて私は目を閉じた。
「何してんですか」
「祈っている」
「何を?」
「何もないことを」
「意味分からないですが」
「だから、『何も無い事を』だ」
「つまらないですネ」
振り向いた先には腕を組みながら扉にもたれ掛かる友人の姿があった。
「つまらないですよ」
「不謹慎だな」
「何故?」
「私の願った意味においては」
「ふーむ、ややこしいデス」
彼はガリガリと頭を掻く。そして赤い目が私を見つめ、ふっと笑った。その目にかつて感じた禍々しさは無い。
「こんな暑い日に暑苦しく考え込んだら知恵熱が出ますヨ」
「普段から頭を使っていればそんな事にはならん。…だが、暑いのには同感だ」
先ほどから汗が垂れて仕方が無いのだ。木々に囲まれた廃屋など言葉にすれば涼しさ満開だが今日は湿度が尋常ではない。意識した途端に帰りたくなった。
「あれ、帰っちゃいます?」
「そう長いこと此処には居られん」
「折角追いかけて来たんですけどネェ」
カツカツと出入り口へ向って歩き始めると、さも悲しげに項垂れる男が立ちはだかった。
「…退く気は?」
「ありません」
嗚呼、その清々しさがこの空気だったらどんなにいいだろうか。
「折角ですから汗かいて行きません?日ごろ余り汗をかかないですし、健康の為に」
「冷や汗なら毎日かいている」
「そんな不健康なものではなくて」
その不健康な汗の理由の八割が誰かさんのせいなんだがな。心の中でぼやきつつ彼の脇を通り過ぎた。
「あ、冷たい!」
「汗の話か?」
「…その話はもうお仕舞いです」
彼は教会の長椅子に腰かけると空いている場所をポスポスと叩いて私に座るよう促した。
「…何故男二人で教会に居なければならないんだ」
「そう言いながら素直に座っているじゃないですか」
「身体が勝手に動いた。そういう性分なんだ」
「…ツンデレ」
「何語だ?」
そして沈黙。何とはなしに天井を見上げると所々穴が空いているので日が眩しかったが緑の蔦に侵食されつつある景色は何とも幻想的であった。暑くさえなければいいのだがこれもこの季節ならではなので文句は言えない。
「お前はつまらんと言ったが、」
「へ?」
「さっきの話だ」
「…あぁ、ハイ」
「何事もないのは幸、不幸のどの場合でもつまらないか?」
「つまらないでしょうよ。気分の浮き沈みの無い毎日なんて」
想像したら地獄ですヨと彼は笑った。そうかもしれない。何処まで自分を追い込んでも結局は不幸になってしまう。
「何を願ったんです」
「お前には言えん」
「フム。つまり私の事なんですネ」
墓穴を掘ってしまったようだ。肘でぐいぐいと脇腹を突かれ吐けと迫られる。ぐらぐらと揺られながら耐えていたが椅子から落ちそうになる寸前で観念した。
「…お前が早死にせんようにとだな」
「馬鹿ですねぇ」
渋々と口を開いた途端に馬鹿と来た。
「もう思い直したからいいだろう」
「いいえ、吐き出してもらいましょうか」
あの目は絶対に楽しんでいる。やはり昼からこいつに会うとろくな事がないのだと再確認した。
「だから、お前がこのまま無事に居ればと」
「無理ですネ」
「聞き出すなら口を挟むな。そう思ったが何も無いことなどあり得ないしお前の言う通りだとさっき思い直した、以上」
「…サディスティックな意味ではありませんが苦しんだらいいんデス。不変は退屈ですし退屈もまた不変だなんてループは意味が無い。下らないと思うような事で悩んで変わっていく方が有意義です」
「年寄り」
「そこ、何か言いましたカ?」
「何も」
「年長者の言う事は従わなくても聞き入れなさいヨ」
「五十年もすっ飛ばしてるくせによく言う」
「大事なのは心の持ち様です」
「よく言う」
爆笑なんてものは此処には存在しない。しかしぶっと噴きだ
すような上品とも言えない笑いが廃れた教会に小さく響いた。良い年をした大人二人がひとしきり背中を震わせた後、ふーと息を吐き出し椅子の背に身体を預け脱力する。
「あ、ユリ」
「何処に?」
「祭壇の下です」
目を凝らして見ると確かに一輪だけ白い百合が咲いていた。しかし周りに仲間は居ないようだ。
「良い場所に咲きましたネ」
「一人なのに?ちょっと淋しくないか」
「お嬢様によるとユリとは純粋という意味を持つらしいですよ」
「あぁ、教会に咲いたからという事か」
彼が言う良い場所の意味を理解し頷いた。しかし彼がシャロン様と一体何の話をしていてその知識を授かったのかが若干気になる所だ。そんなどうでもいい疑問を残しつつ彼は一人で先へ進んでいた。
「しかし、残念ですね」
「何がだ」
少しは会話に脈絡を付けて欲しいと思う。
「我々にとって此処が愛を誓う場所ではない事です」
「あ…ッ?」
眼鏡がずれた。そして身体が半分椅子から落ちた。いきなり何を言い出すのかと彼を見上げると僅かに寂しげな目が此方を向いた。その目に言葉を失っていると彼が先に話し出した。
「言い換えればそれは共に生きると言う事でしょう?しかし我々にしてみれば此処は、」
一瞬の間が酷く長く感じた。そしてその間に彼の言う事を理解した。その口を塞ごうと腰が浮きかけ、その間は終わった。
「別離の場所です」
「お前、」
俯くしかなかった。彼にそんな事を言われては自分が何を言ったらいいのか判断がつかない。だから仕方なく、文句をぶつける事にした。
「つまらん」
口にすると今までにない苛立ちが腹の底から湧きあがる気がる。止めようとしても止まらないだろう何処かで理解した。
「レイムさん?」
「それを言ったらお前が私に言った事と変わらないだろう。あれだけ年寄りくさく偉そうに言っておいてそれか?パンドラ最強が聞いて呆れる気弱な発言だな」
「…怒らせましたか」
「当然だ」
「スミマセン」
「もういいから。帰るぞ」
「…えぇ、帰りましょうか」
苛立ってしまったのは認めてしまったからに他ならない。そして彼の言った通りの意味だったとして、ここに来るのはまだ早い。そんな意味だけではない事を理解しながらも早々に立ち去りたくなった。
少しだけ振りかえって見たそこは壁の白さとそれを取り囲む緑で相変わらず綺麗である。しかしこの分なら建物自体が朽ち果てるのもそう遠くないかもしれない。
あんなに綺麗な場所なのに、私はこの日少しだけあの教会が嫌いになった。
【百合】
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- 2011/06/28(火) 01:01:52|
- レイブレ|
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