*レイム×ブレイク
*花暦・完結
季節は春。
爽やかな空気のもと色鮮やかに咲く花は実に見事である。何となく、ではなく確かに心が浮き立つ気分だ。
「レイムさんじゃあないですか、良いところに!」
「………」
「嫌ですネェそんなに眉間に山脈作ちゃって。山菜でも採るつもりですか?」
何という桜も青ざめる程に春モード全開な脳味噌。無意識にポケットへと伸びた手が眼鏡ふきを取り出し、私は一心不乱に眼鏡を磨き始めていた。これ以上磨きようの無いくらい磨いた所で冷静になり眼鏡をかける。視界は良好だ。
「…その癖はある意味恐れを感じマス」
「―?」
よく分からない変質者はさて置き。仕事に戻ろうと歩き始めると、むんずと腕を掴まれた。痛くはないが心臓の辺りにそれはそれは重たい倦怠感の様な不安が圧し掛かる。
「…何か、用か?」
「何じゃないですよ。花見しましょう」
にこーっと満面の笑みを浮かべて手に持った私の腕をぐいぐいと容赦なく引きずっていく。
「ちょ、私はまだ仕事が…!」
「少しくらいダイジョーブですって。貴方が居なくなった所でどうせまた厄介事に捕まっているのだとしか思われませんヨ、絶対」
「そのままじゃないか!」
情けない。十センチ近くも自分より背の低い男に引きずられるとは一応構成員の身からすればなんと情けない事実だ。しかし彼はパンドラ最強の男だ。
「いやしかし…!」
「何を一人でどんどん落ち込んでいるんですか」
館内を人形よろしく引きずられ思い悩んでいると、気づけば外に出ていた。散々悩んでおいてあれだが、澄んだ空気が気持ちいい。
「今見ておかないときっと一生後悔しますカラ」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟って事ないですよ」
毎年同じ場所に花が咲く訳でもなし、限定されたものを好む人間は少なくないのだから確かに大袈裟ではないやも知れない。だが彼の口から聞くとどうもその理由では無い気がしてしまうのは杞憂だろうか。
「もう直ぐですよ、ほらシャキッと歩いて」
「お前が手を離したら直ぐにでもそうしてやる」
「―オヤ」
本気かと疑いたくなるが、どうやら本気で今気付いたらしい。掴んでいた手をぱっと離した彼は何事も無かったかのようにすたすたと先導して行く。
悪くない気分だった。
淡い水色の空の許パステルカラーの植物たちがそれを見上げている。湿気の無い空気は涼やかでさらさらと身体の周囲を流れて行った。少し離れた前を歩く男も同じ気分に違いない。訪れた桜並木は文句の言いようもなく美しかった。
「ほら、見てよかったでしょう?」
「あぁ、そうだな…」
春も半ば近い。見ごろはもう残り一週間有るや無しやといった所だろう。土を踏みしめていた足がいつの間にか花弁の絨毯を踏みしめていた。風に舞い上がる花弁と、枝を離れ堕ちてゆく花弁はどちらも同じくして母体を離れてゆく存在であり或いは還ってゆく存在と言うのも正しいだろう。やがて我々は並木の中でも一等立派な一本の下に佇み、それを見上げた。
「…見事だな」
「全くですね。見習いたいもんです」
言うと彼はゴロリと地べたに寝転がった。
「おい、お前寝る気じゃないだろうな」
花弁を白い髪にくっつけながら目を閉じてしまった彼の鼻を摘まんだ。それでも動こうとしないので諦めて脇に座った。
「フフフ…油断禁物ですヨ、このお人好し!」
「へ?―ぶッ!」
漫画なら額にムカつきマークが浮かんでいるところだ。制服の襟を容赦なく引っ張られた身体は胴体こそ寝ている男の上を横切ったが、乗り越えた顔は見事に地面につっ込んだ。
「嫌ですネェ、そこはお互いの顔が大接近でドキドキの場面ですヨ。ギャグはお呼びじゃありません」
「…お前、シャロン様に何を教え込まれたんだ」
「そう言えば先日ロマンス社出版・淑女S嬢がM男を落とすまでという純愛小―」
「分かったもういい。聞いた私が悪かった」
彼は悪くない。いやきっと誰も悪くないのだと自分に言い聞かせながら乗り上げたままだった身体を横に転がした。仰向けになって大木を下から見上げるというのは実に壮観である。男二人で花見をしたところで色気も何も無いのだが。
「こんなに時間をゆっくりと感じるのは久しぶりだ」
「偶にはこういう時も必要って事ですよ」
偶にはこんな時があってもいい。偶にだからあると嬉しい。そういう事なのだろうか。
「来年はどう咲くんだろうな」
「さぁ?一年後なんて想像もつきませんね」
隣から静かに笑う声が聞こえる。声の方へ首を向けるとじっと桜を見上げる彼の横顔があった。花に穴が開きそうだ。
「来年はまた一回り立派になってるだろう」
「貴方も出世してますかね?」
「…そう、なってたらいいがな」
正直自身は無い。
「お前こそ仕事をやれよ」
「ワタシ別に新入社員じゃないですから」
「まあ、確かにお前を顎で使う立場も悪くないな」
「ひっどい上司ですネ」
くつくつと口の中に留めていた笑いが遂に零れる。そこで声を出して笑うのさえ、とても久しぶりの事だと気付いた。
「働き過ぎなんですヨ貴方は」
「大半はお前が関係した面倒事の処理だがな」
「ご愁傷さまです」
「お前、本気で死ねるぞあれは」
口元の筋肉が引きつる。痙攣でも起こしそうだ。
「先に誤りますが、来年はきっと今より仕事が増えますよ」
「冗談じゃない」
「ええ、冗談じゃありません」
「―、おい」
理解したくない意味を理解した気がした。
「…これ以上、増やされてたまるか…」
「いーや増やしますよ。覚悟しておきなさい」
覚悟。それはどういう意味でどういうニュアンスで言っている?その言葉の裏に何を隠して何を伝えようとしている?
「…ずるい事をするな。抜け駆けは許さん」
「ずるって…まぁ可愛い事言っちゃって」
「茶化すな」
「ハイハイすみません」
「謝るな」
彼から目を逸らした。すると隣で起き上がる音がする。何かと思っていると身体に黒い影が差した。逆光で彼の顔がよく見えない。やがて降りてきた顔が近づき唇が触れあった。
「すみません」
その声を聞いた時、私は彼が泣いているような気がした。
end
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- 2011/06/28(火) 01:18:46|
- レイブレ|
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