*レイム×ブレイク
*花暦より(四季を遡ります)
【水仙】
空が灰色の季節「彼」がおよそ目の光を失った。
時折容態のおかしい彼をみていたのだから全く想定外の事実ではない。
ないが、その先の形が分かっていた訳ではなく、平常心でいられる筈ははかった。
ベッドの上で穏やかな表情を浮かべる彼を見る。
白髪に隠れた彼の目蓋は緩く閉じられたままだ。とは言っても開いたところで見えはしないのだが。
「そんなに落ち込む事ではないですよレイムさん」
彼の手が頬に触れてくる。触れた指先は数年前よりも細くなったように思えた。
「お前、糖分ばかり摂っても身にならんぞ」
この男とてある程度の食事はしている事は分かっているので半分は冗談だ。
しかし余りにもそれ等が彼の身体に留まらないことが虚しくてならなかった。
「はは、中年体型にならなくて光栄デス」
「お前中年なんぞとうに過ぎてるだろう」
尚も笑う彼の手をすり抜け、その身体を引き寄せた。
三日もあれば慣れる。
そう言った翌日彼が出かけると言って何故か私を連れ出した。
3日もあれば慣れる。
そう言った翌日、彼が出掛けると言って私を連れ出した。
さして遠くへ行くわけでもなく近場の公園へと連れて行かれ、ステッキをぶらぶらとさせる彼の後を追う。
どうして来たのか、何をしにいくのか、質問は次々浮かんだ。
「おいザクス何処へ行く気だ」
ざくざくと草の生い茂る道らしき道を進み続ける彼を必至で追った。
こちらの方が健常者なのだが、おかしな話だ。
額に汗を滲ませ歩み続ける事数十分、小さな池のような場所に出た。
「…ここは?」
「池ですが」
そんな事は言われなくても分かっている。
此方が訊きたいのは何故ここへつれて来たのかという事だ。
「冗談ですってば」
「…何故ここに?」
「うーん、練習をしに?」
練習だと?思ったことが顔に出たのか、彼はにやりと笑った。
彼は屈んで自分の足元の砂利をざらざらとかき回し手ごろな石を手に取る。
そして何故かそれを私に放ってよこした。
「それを私に投げつけてもらえます?」
理屈がよくわからない。分からないが取り合えず聞いてやることにした。
水辺に近いが、彼の感覚なら危険ということもないだろう。
だがあろうことか彼が背を向けてしまった。
「おい、」
「好きな時にドーゾ」
そう言われて漸く彼が何をしようとしているのかを理解した。
掌にざらりとした固い感触を意識しながらぎゅっと握りこみ、投げる。
ヒュっと空気を裂く音に続く固い物質の砕ける金属音にも近い音。
その音へ視線を向けたとき、彼は既に制止していた。
彼の持つ剣に弾かれた石は勢いよく水面を貫き沈んでゆく。
盛大にあがった水しぶきの中で整然と佇む姿に思わず感嘆の息が零れた。
「流石」
「まぁ、来るとわかっていることですしね」
至極つまらなさそうに呟き彼は戻ってきた。
間隔を澄ます為か確かめるためか、いずれにせよどちらかだろうが思ったほどの効果ではなかったらしい。
少々口を尖らせて不満げな顔は、我侭を聞いてもらえなかった子供のそれと似ている。
「何だ、もう止めるのか?」
「あまり効果的でもないので」
「…お前なら持ち前の能力で十分だろう」
内心あの姿がもう拝めないのが惜しいと思っていた。
透明な水飛沫の中で佇む姿は酷く美しいものだったからだ。
あらゆる観点において白い彼がこれ程似合う場所はそうあるまい。
「帰りましょうか」
少し前を、今度はゆっくりと歩くその背を追いかける。
以前とまるで変わらない背中だが、その内側を想像すると身体が冷えるようだった。
あと何回お前と話せる?
あと何回お前と馬鹿を出来る?
あと何回お前と仕事が出来る?
あと何回、お前の体温を感じられる?
考えたところで余りに無意味な事を、この日は何時までも考えずにはいられなかった。
約束の2日目。
彼が何をしているのかは知らないが、自分はと言えば彼の分の仕事を片付ける事に追われていた。
事務室の机一杯に山積みにされた書類を見て本日何度目かのため息が漏れる。
更に手元のカップを手に取ろうとしてその中身が殻である事に気付く。
仕方ないと立ち上がったとき、ドアがノックされた。
「どうぞ」
カップを置いて姿勢を正すと、ゆっくりと開いた扉の向こうに金髪の少年がいた。
見た目15、6歳の、実質25歳の少年もとい青年だ。
「これはオズ様、どうかなさいましたか?」
「ちょっとレイムさんに聞きたいことがあって」
くるくると跳ねる癖毛を指で弄いながら少々聞きづらそう彼は言った。
その様子に思わず頬が緩む。
部屋の椅子に掛けて貰う様促し、再度彼の問いを受けた。
「ザークシーズでしたら心配は無用ですよ。ムカつくほどピンピンしてます」
人を振り回しへらへらと笑う顔が目に浮かぶ。
「…何より、奴は前向きですから」
「ふふ、うん。そうだよね。体調はともかく落ち込む様な心配はしてないかな」
「ええ。まぁただ時々変に臆病になり過ぎなければ尚、いいのですが…」
自分の呟いた言葉にはっとし、顔を上げると少年の瞳と視線が合う。
すると彼は若干見開いた目をすっと細め微笑んだ。
時折見せるその表情は驚くほどに大人び、かつて英雄と呼ばれた人物を想起させた。
「さすがレイムさん。よく見てる」
「いえ、…まぁ長い付き合いですから」
何故だか酷く照れくさい。
目の前にいるのは年下の少年だというのに透き通る翡翠に心を見透かされた気分だ。
「うん。大事だものね」
「いえ…いや、そうですね。大切な、友人ですから」
自分の声は自身で驚くほど穏やかだった。
微笑む少年は何処かで見たような気がする花をほわほわと散らせながら座っている。
「俺にとってもやっぱり大事な人だから、お願いね」
意外。
という訳ではないが、言葉にされると不思議な感覚がして一瞬停止してしまった。
「本人には言わないでね。ちょっと、父親って感じがする」
「そうですか…」
困ったように笑う少年に何故だか此方が泣きたくなった。
悲しいものではない。もっと別の、温かい感情だ。
それを表に出すまいとしていると彼がゆっくりと立ち上がった。
「もう行くね。レイムさん忙しそうだし」
そう彼が指差した先は机の上の書類だ。
直ぐに彼が気を遣ってくれたのだと気付き、照れくささに苦笑した。
「何かあったら、此方から一報に伺います」
「うん。ありがと」
ひらっと笑った彼が扉の向こうへ消えていく。
再び一人になった部屋で書類の前に座った。しかし手が動かない。
ぼうと文字の羅列を見つめる内、その視界もじわりと悪くなった。
「全く、私も相当な阿呆だな」
これは暫く、仕事に戻れそうにない。
そうこうする内に約束の3日目が来た。
取り合えず先日姿を見なかった問題児の姿を探す。
どうにかやり過ごしているだろうとは思っていたが、その状態が気になっていた。
問題の人物を探すため、先ずは当人の部屋へ向かうと意外にも彼はそこに居た。
ベッドの上に仰向けになり。その目の前で掌を閉じたり開いたりしている。
「―未練か?」
「いいえ、違いますヨ」
彼は手の動きを止め、腕をベッドへ投げ出した。だが起き上がる気配はない。
仕方なくその身体の脇に座ると、二人分の体重を受けてベッドのスプリングが鳴いた。
彼は目を閉じ一つ息を吐き出した。
「疲れたか?」
「いえいえ。レイムさんが仕事をしてくれるお陰で全く」
「仕事は気にしなくていい。もう慣れたか?」
「ま、生活は出来ますネ」
瞳が開いた。
残り少ない光を灯した紅い目が此方を向いて口元を緩める。
普段より力が無いが、意味ありげに微笑んだ彼は手首を振って私を手招いた。
「何だ」
「やはり、疲れました」
いつの間にか降り始めた雪が、部屋の窓を曇らせ始めていた。
気が逸れたうちに彼の手が私を眼鏡を外してしまう。
ぼやけた視界で彼の体の脇に両手をつく。
そうして近づくほどに鮮明になった姿が、直ぐに再びぼやけて消えた。
近頃白い花をよく見かけるようになった気がする。
この時季水辺に誇らしげに咲くのは水仙だ。
誰が決めたか知らないがその意味は花たちに真ふさわしい意味合いだと思った。
雪と混じり消えてしまいそうなのに、同色の中で美しく映える不思議。
そう、先日彼といった池など今こそ見ごろではないだろうか。
「また行って見るか…」
「何処にです?」
ぬっと背後に現れた影に目を見開いて硬直。
しかし誰かと認識してしまえば直ぐに力は抜けた。
「先日お前に連れて行かれた場所だ」
「ほう。何かご用でも?」
「水仙は見ごろかと思ってな」
「花に興味があるとは意外デス」
「別に、少し気になっただけだ」
そんな会話をして数日後、公の使いに出た
そのついで例の池へと立ち寄った。
一面真っ白に染め上げられた寒い日だった。
こんな日の散歩など経験がないが、辿り着いた目的地の光景にそれは払拭される。
まさに銀世界だ。水面には薄く氷が張り、灰色の空の隙間から差し込む光を反射させて美しい。
あたり一面の雪がそれを助長させいるように見えた。
「美しいものに棘ありと言いますが、あれもまた同じですよ。お気をつけなさい」
何処へ言っても同じ登場の仕方しか出来ないのだろうかこの男は。
いつの間にか横に立っていた彼が私を見てにこりと笑う。
それを見た自分は落ち着いてきたのか曇った眼鏡をふいた。
「何の花だって?」
「あれ、水仙を見に来たんじゃないんですか?」
「…何処に咲いている?」
当初の目的を思い出し辺りを見回した。彼は真っ直ぐ向かい側の池の側を指差す。
確かに数十本の花の束がそこに咲いていた。
「見えるのか?」
「残念ですが、来るとき足元にあっただけですよ」
「あれにも毒があるのか」
「えぇ、気になたので調べてみました」
リコリンだのシュウ酸カルシウムだのよく分からない危険なものが入っており皮膚の炎症を起こす。
とあったらしい。
「因みに一定量以上になると死ぬそうですよ」
「食べようとは思わんが、気をつけよう」
ぼすっと雪に尻をついた。冷えるがあまり気にならない。
「近くで見ないんですカ?」
「此処でいい」
何故だか近づき難い気がした。
今しがた危険と認識したせいかもしれないが、やはり美しいものは近寄ると危険を感じる。
「白は見ていると飲み込まれそうだ」
「黒ではなくて?」
「今言っだろう」
「変わった人デスネ」
「お前に言われたくない」
「私はどうです?」
「…?」
首を上げれば立ったままの彼が此方を見下ろしている。
その白い髪のことを言っているのだろうか。
「お前は、毒がある方だな」
「ま、確かにもう食べてしまっていますもんね」
「…言うな」
「顔が赤いです」
「皮膚炎だ」
笑いを堪える彼から、私は顔を背けるしかなかった。
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- 2011/06/16(木) 19:16:57|
- レイブレ|
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